誠に恥ずかしい話ですが、私は30年以上も剣道に関わっておりながら、道具に関しての配慮が欠落しているという自覚があったのです。コンプレックスになりそうなほど・・・。
そこで、10年ほど前から竹刀の手入れを念入りにするようにしてみたり、稽古後の面や小手の手入れを始めてみたりしているのですが、これがまた中々思うように行かない。
自分が使用する道具の手入れひとつ満足にできないようでは話にならないなと思いつつも、道場での竹刀を振っての稽古にかまけて、道具について学ぶことがおろそかになってしまうのです。
ところが、昨年、長崎の武道具屋さんを紹介してもらう機会があって、さっそく出向いてみた所、これが素晴らしい出会いとなり、武道具について学ぶきっかけを与えてくれました。
防具ひとつひとつについて非常に熱心に聞かせてくれるご主人の話がとても面白いのです。
本当にありがたいことです・・・。
はじめてお店にお邪魔した際に竹刀を購入したのですが、この竹刀も非常に良い感じで気に入っています。
そこで、昨日長崎に出張をした折にさっそくお店に出かけて、今回は袴と小手をお願いしてきました。
私はこれまで防具がしっくりとフィットする感覚を味わったことがありません。
防具を新調することは、もちろん楽しみなことなのですが、実は七割方は不安を伴うストレスの原因だったりもしたのです。
防具を変えると、その防具がしっくり来るまでに、下手をすると半年くらいかかってしまうのです。
剣道の防具はそんなものだと思って諦めていました。
さて、この武道具屋さんでどんな竹刀や袴、小手を購入したのかについてのお話は、後日ゆっくり時間があるときに書くことにします。
今回は、こんな素晴らしい武道具屋さんを紹介してくれた松下剣連の小松原さんに
感謝感謝というお話でした(^ー^* )♪
このお話で、ようやく懸案だった最後のカテゴリー「剣道の道具」に記事が追加され、全てのカテゴリーに最低一つずつの記事がストックされました。
私的には目標のひとつが達成された記念すべき日となりました・・・♪
]]>結果は・・・不合格でした (´・ ・|||)
全部で確か5パートあって、そのうちの3パートで受審しました。
午前中の前半15組が立ち合いを終えたところで一旦区切られて、そのグループの合格発表が行われました。
ひと組4人ですから1パートに60名いたことになります。
で、私の3パートの合格者は4名でした・・・。
ざっと計算してみたところ午前中前半の部は、全部で約300名の受審者に対して合格者30数名と言う感じでした。
審査が終わったところで数人の先生から講評を頂いたところでは、ひとり目は面と小手が決まっていたが、ふたり目は決め手がなかった。五分五分な感じだ・・・とのことでした。
また、他の方からは、ひとり目で面と小手が決まっていたが後打ちになっている印象があった。と言われました。
3パート合格者4名のひとりは私の組から出ました。
合格者と私のふたりと立ち合った方の話では、私との立合いでは面と小手を決められたと思ったが、合格された方との立ち合いでは一本も打たれなかった、確かに少しも下がらなかったし、こちらの攻めを封じてきたけれど、なぜその方が合格されたか不思議に思ったと言われていました。
で、自分的な所感としては・・・
気持ちの面では不思議なくらい落ち着いていて、良くも悪くも日頃の立ち合いどおりの内容を出せたと思います。その意味ではもっとあぁすればよかったとかこうすればよかったという後悔はなく、納得のいく結果でした。
ただ、残念だったのは、ここ数ヶ月全く不本意な剣道をしていたことです。
]]>5段に昇段させていただいてから早くも5年の月日が経とうとしている・・・。
「光陰矢のごとし」とはよく言ったものだと思います。
さて先日、これまで自分が残してきた記録をまとめて読み返していて、面白いことを発見しました。ちょうど昨年2月の中頃に下記のような記事を残していたようなのです。
その記事には、一昨年取り組んでいた課題である「足と腰で行う剣道~先を取る」がひと区切りつきそうな所で新たな壁にぶつかって悩んでいた私が、その壁を乗り越えるためのヒントになりそうな課題について、一時期に何人かの先生に同様の指摘を立て続けに受け、昨年のテーマを「間合を知ろう!」に決めたという件を書いています。
すると、大変興味深いことに、今年の同じ2月中頃、下記のような記事を書いていたのです。
ここには、九州松下剣友会の稽古会で新しい課題を指摘されてありがたかったということが書かれています。
この「指摘」は、昨年の課題であった「間合を知ろう!」がある程度区切りがついた所で次の「目に見えない壁」にぶつかって悩んでいた私の意表をついて突きつけられたもので、言われたその場では何を言われたか実はよくわかりませんでした。
その晩よくよく考えてみても何を言われているのかわからなかったくらいで、翌日のむさし剣錬会朝稽古でもう一度その話について聞かせてくださいとお願いしたくらいのものでした。
ところが、この指摘を受けた直後に、別の先生から立て続けに全く同じ指摘を受けたのでした。
その後は、考えれば考えるほど、これこそ今の自分が直面している壁を乗り越えるために必要な課題そのものなのではないかという確信を持ちはじめ、とうとう今年のテーマを「気の働かせ方を学ぼう!」に決めたところだったのです。
そのお礼を下記の記事中の「追伸」に書いていたりしています。
後から考えると、この流れは、まるで昨年の繰り返し・・・違うのは課題の中身だけでした。
不思議なものですね(*^_^*)「求めよ、さらば与えられん。」を体感した出来事でした。
さて、肝心の「気」の働かせ方について考えて見ましょう。
]]>東京都杉並区荻窪に「大義塾」はあります。
これは、その「大義塾」で頂いた想い出の手ぬぐいです。
1988年春、私は慶応義塾大学に進学するために上京しました。
鹿児島での3年間の高校生活と福岡での1年間の浪人生活を経て、なんとかようやく大学生になることができた年でした。
東京の事情がよく分からなかった私は、知り合いが「高円寺や荻窪と言うところが住みよいらしいよ。」というのを聞いて、その話だけを頼りに、ひとり上京してJR高円寺駅前の最初に目に入った不動産屋に飛び込みました。
何件かマンションやアパートを見て回ると、荻窪の本天沼というところに、家賃38,000円という破格のアパートをみつけ、そこを借りることに決めたのです。
間取りは4畳半二間、木造2階建ての2階の奥の部屋で、お風呂はありませんでした。
とてもいい感じのアパートでした。
近くに銭湯があったので、部屋にお風呂がないことはあまり気になりませんでした。
この本をまだ読んでいない方は、ぜひ読んでみることをお勧めします。
私は、ちょうど「次のステージ」に進むためには、何をどうすればよいのかと悩みに悩んでいた2005年の今頃の時期にこの本と出会いました。以来、ほぼ2年かけて、この本に書かれている理法を実践する努力を続けてきました。そして、今強く感じているのは、森田文十郎先生の洞察力がいかに素晴らしいものであったかと言うことです。
どれほどの刺激を受けたかと言えば、この本に書かれた内容に感動し、触発されて、剣の完全操作法の実践について思ったことを「打突のメカニズム」というタイトルで記事にして、そこに書いたことを、これまで2年近く忠実に実践してきたほどです。
この本に出会うまで、私は自分の打突を気剣体一致の水準に引き上げ、更に一拍子にするために、手の内の矯正、手首の動きの訓練、左こぶしの位置の矯正、重心を安定すること、ひかがみを軽く伸ばすこと、左足のかかとを上げすぎないこと、左こぶしの始動と右足の始動とのバランスをとること、出足を強化すること、竹刀の振り方の工夫、踏み込みと打突の瞬間の一致、打ち抜けること、残心で気を抜かないこと・・・などなどと、ひとつひとつ自分の矯正ポイントを意識しながら取り組んでいました。
ところが、ひとつ意識すると他がお留守、そこを意識すると別のところがお留守と、どこかに意識が行く度に他の何かが意識から外れてしまうという苦悩にさいなまれていたのです。
それが、この本に書かれている剣の完全操作に関する洞察に出会ったことで氷解してしまいました。
なすべきことは全て「一連の動作」の一部である。というのがポイントです。自然の流れに従うのです。
これまで沢山の複雑な動きの総合としてイメージしていた一拍子の打突が、この本を読むことで、全く違ったイメージに置き換えられました。まさに革命的な瞬間を味わった一冊です。
鍛錬された呼吸法によって丹田に蓄えられた気のエネルギーが源泉になるのは言うまでもありませんが、その丹田に蓄積した気を更にひかがみを通して左足のかかとにまで充満させます。
こうして十分に気が満ちた状態でスタンバイした左足の湧泉辺りを踏むことを初動にして、後は体の物理的なメカニズムに順次気を伝えて行き、順番に動かしていくことで、最終的に無理なく一拍子の打突に結実させて、当然の帰結として十分な残心につなげつつ、次の動きへのエネルギーをためたままの形で完結する。そんな一連の動きをシームレスに、いわゆる「一拍子で」行う。そうすることで、そこには澱みも滞りもなくなり、一瞬の機を捉えて意を決した一直線のエネルギーが満ちた「捨てた」打突となる。
この本と出会えたおかげで、私はささやかな階段をひとつ上がることができたと自信を持って言うことができます。この本から得られることを思えばこの価格は決して高くはありません。
剣の理法を求めるならば、一拍子の打突の実践を支える理合いとして、これ以上のものはないと私は確信しています。ぜひこの本は読まれてください!
]]>以下は九州松下剣友会で日ごろからお世話になっている宮城県出身の佐野さんに頂いた堀篭範士の書が入った手ぬぐいです。
この本は、その佐野さんの師匠である堀篭敬蔵剣道範士九段の著書です。
2003年に佐野さんから剣友会のメンバーに向けて、この本をすすめる旨のメールが発信された際に私も購入して読ませていただきました。
当時ちょうど、「剣道においては事理一致の修行が大切だ」との考えに触れる機会が増えていた私にとって、では剣の理法について学ぶには具体的にどうしたらよいのかということは切実な問題でした。
これと言ったよい方法も見えず、もんもんと悩んでいた時期でした。
ですので、この本との出会いは、まさに「渡りに舟」に感じたことを覚えています。
本の中で堀篭範士も触れられていますが、現代では剣道の専門家でない限り、剣の「理」を専門書から学ぶ機会はなく、かといって口伝してくれる師匠にめぐり合うこともかなわず、剣の理法を習得することが非常に難しくなってきています。
「剣道の法則」と銘打って、奥深い剣の哲理に関する多くのエッセンスを、誰もが理解しやすい平易な文体でつまびらかにしてくれているこの本は、そんな現代の剣道事情において貴重かつ必読の一冊であることに疑いの余地がないでしょう。
自分の技量に応じた剣の哲理を身に付けたいと願う剣士や、昇段審査の際の学科試験のあり方に疑問を感じる剣士にとっては、本当に参考になる一冊であると思います。
工夫のない稽古から得られるものが少ないことに気づく剣士が少ないことは悲しい事実ですが、幸運にもそのことに気づいたとして、実際に工夫をしようと試みた時に、工夫の取っ掛かりそのものが得られず苦しむ羽目に陥る剣士が多いのもまた事実のようです。私が実際それでした。
この本を通じて、道場の外で剣の理法を研究し、そこで得られた自分なりの理解を、今度は日々の道場での稽古における「事」の修行の中で試すことができる。
私の稽古の質はこの本との出会いで画期的に向上しました。
この本に著されている内容を礎にして日々の稽古でたゆまず工夫するならば大いなる収穫が得られること請け合いでしょう。
著書の中に以下のような一文があります。
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剣道の修行を通して人間としての道を学ぶ。人間の道とは何かと言えば「当たり前のことを当たり前にする。」ことである。これは「言うは易く行なうは難し」ことではあるが、人間としてもっとも大切なことである。
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かつて剣術修行者にとって当たり前であったことの中には、現代ではすでに当たり前でないことも沢山あるでしょう。「確かな師匠を得にくいこと」がその典型的なひとつであると思います。
目の前に正師を置いて日々の修行に取り組めるのであればこのような書物は不要かもしれません。
が、そうでないならばこの本を座右に置いて、この本を師匠と思い、そこに述べられている一字一句を咀嚼して稽古すると良いと思います。ぜひお試しください。
太宰府心聖会も、小学生団体戦、中学生団体戦、女子団体戦、個人戦にそれぞれ出場。
それぞれが日ごろの稽古の成果を遺憾なく発揮すべく熱戦を繰り広げました。
審判の先生方も選手たちも炎天下の試合で大変そうでした(>_<)
昔はこのような境内での野外試合が沢山あったような気がします。
剣道にもアウトドアな側面があることを再認識した一日でした。
鹿児島での高校時代に、伊集院町の妙円寺詣りでの剣道大会に参加していましたが、これが徳重神社の境内で開催されていたことを懐かしく思い出したりしました。試合の後に食べた伊集院饅頭、おいしかったなぁ。
戦績のほうでは、太宰府心聖会の小学生団体チームが5試合を戦い抜き、見事準優勝を果たしました。
決勝戦で山口剣友会に敗れたものの、はるだ剣友会、春日栄心館などの強豪を僅差で破りながらの決勝進出は見事でした。試合結果もさることながら、当てっこの剣道ではなく、前に前に攻めて出て、相手の起こりに思い切って打ち込む、少年らしい豪快な剣道を展開してくれたことが何よりもうれしく感じました。
日下部圭太君、在津虎次郎君、和田遼平君、横尾圭一郎君、長吉春香さん、本当にお疲れ様でした。そしておめでとう!
]]>団体戦と級別の個人戦が行われ、大いに盛り上がりました。
審判員のみなさん、本当にお疲れ様でした。
大谷さん、ホームページを時々見てくれているとのこと、ありがとうございます!
たまにはコメントしてくださいね(*^_^*)
さて、剣道の試合で審判をしていて難しいなと感じることが色々とあるのですが、最近の悩みで一番深いのは「引き胴」の判断です。
]]>この書は、東京時代に大変お世話になった杉並の大義塾で、(奇しくも私が大義塾を去ることとなった年でもある)平成4年のはじめに先生から頂いた、小川忠太郎先生(剣道範士九段)の辞世の句の写しです。
小川先生は大義塾の故中村太郎先生の師でもあられた方です。
あれから14年の歳月が流れましたが、私は今でもこの書のコピーを書斎机に飾って大切にしています。
剣道から学んだ中で、私にとって一番大切な「平常心」という言葉について、片時も忘れることが無い様にという思いをこめて・・・。
このような書に出会えたことに、またこの書の写しを私に下さった大義塾との出会いに、私は今でも大変感謝をしています。縁と言うのは誠にありがたいものです。

宮崎流の「竹刀」で勝つ剣道
悩める有段者へ
基本を見直せます平成2年11月3日日本武道館 私は生まれて初めて剣道全日本選手権に出かけました。
その年の覇者が宮崎正裕(当時)6段でした。それは、彼が始めて賜杯を手にした年でした。
翌年には、当時お世話になっていた杉並大義塾道場の故中村太郎先生、現在三田剣友会でお世話になっている戸田忠男先生、現在一橋大学剣道部師範の千葉仁先生、若くして中国大陸での列車事故でお亡くなりになった高知の川添哲夫先生に続いて5人目となる2度目の賜杯を、それまで誰もなしえなかった「連覇」という最高の形で手にしました。
その後も平成5・8・10・11年に、2度の連覇を含めて6度の大会制覇という前人未到の大記録を打ち立てた宮崎正裕氏は、まさに平成を代表する最強剣士です。
この言わずと知れた平成最強剣士、宮崎正裕教士7段の著書が「宮崎正裕の剣道」です。
このように紹介すると、数多くの大会で勝利してきた著者の作品だけに、試合に勝ちたい人におススメ!と言いたくなるところですが、実際は違います。
剣道の稽古に取り組む際の理業両面でのポイントが驚くほど丁寧に解説されています。
輝かしい実績を残し続けてきた剣士だけに、技術解説部分が充実しているのはもちろんですが、理論に走りすぎることなく、かといって単に実践を強調するだけでもなく・・・その両面からバランスの取れたアプローチをすることで、剣道稽古の要諦に関する解説を試みているという印象です。
非常に読みやすいのも特長でしょう。
現在進行形で剣道に取り組んでいる全ての人が一読されることを期待して止まない奥の深い一冊です。
宮崎先生が、輝かしい実績の裏で、その実績相応の深い剣道研究に取り組まれていたことを想像させる一冊です。
特に幼少年の剣道指導に当たっている中堅剣士の皆さんは、この本を座右において、指導する幼少年と共に、改めて基本部分から創意工夫の稽古に取り組まれることで師弟同業を実践されることをおススメします。あの持田盛二範士でさえ、基本の習得に50年掛かったといわれるほど剣道の基本は奥深いものですので、手抜かりなく取り組みましょう。
研究をベースに自分なりの工夫を試みる。
そんな姿勢の大切さを学ぶことができるような気がします。
生涯剣道修行という考えの指導的立場の方には特にお勧めの一冊です。
全日本剣道連盟では下記のように言っている。
剣道の理念
剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である
剣道修錬の心構え
剣道を正しく真剣に学び
心身を錬磨して 旺盛なる気力を養い
剣道の特性を通じて
礼節をとうとび 信義を重んじ
誠を尽くして 常に自己の修養に努め
以って 国家社会を愛して
広く人類の平和繁栄に 寄与せんとするものである
(財)全日本剣道連盟 昭和50年3月20日制定
「剣の理法の修練」とは平たく言えば「剣術修行」のことだろうと思う。
であれば「剣道」が「剣術修行」によって形成を目指す人間像とは、
礼節をとうとび、信義を重んじ、誠を尽くして、常に自己の修養に努め
以って 国家社会を愛して、広く人類の平和繁栄に寄与せんとする人間
ということになるだろう。
つまり、「剣道」に取り組むということは、ほとんど自動的に、このような「人間像の確立」を目指した自己研鑽の努力を伴う取り組みを意味するはずである。
]]>私の二人の息子もこの道場で稽古に汗を流させて頂いている関係もあり、長男が中学生になって福岡を離れて長崎に行ったのをきっかけに、この道場の小中学生の稽古を手伝わせていただくことにしたのです。
私が通っていた頃は「水城心聖会」という名称だったと思いますが、現在は、福岡県剣道連盟筑紫支部太宰府剣道連盟の支援で活動を行っている道場のひとつです。
稽古日は火曜日・木曜日・土曜日の週三回で、そのうち、私が時間を取れる時だけの指導です。
幼少年指導の現場に着くのは、大学生の頃、東京杉並の大義塾道場で幼少年の剣道指導をお手伝いさせていただいて以来のことで、色々と不安も沢山あります。
ですが、もちろんやるからには誠意を持って事にあたろうと考えています。
そこで、折角の機会なので、幼少年剣道の現場で感じたことなどをここに記録して行こうと思います。
そもそも私が子供の頃と違って、今は剣道人口が非常に減っており、太宰府心聖会も例外ではありません。
]]>昨年の4月23日(土)24日(日)の両日、奈良市柳生町 芳徳寺内 正木坂剣禅道場にて行われた、第25回松下電器剣道部柳生研修会に参加してから早くも一年近くが経過しました。
今年も4月22日(土)23日(日)の両日、正木坂道場を会場に柳生研修会が開催されます。
芳徳寺と言えば、柳生宗矩が父石舟斎(宗厳)の菩提を弔うために建立した寺で、柳生家代々の菩提所として有名。本堂には釈迦如来坐像をはじめ柳生宗矩、沢庵和尚の像が安置されています。
昨年始めて参加した時には、その「柳生家ゆかりの」とは別の意味でわくわくしながら参加したのを思い出します。この気持ちは私のような30代の剣士であればある程度はわかってもらえるはず(*^_^*)
高校時代に夢中になって読んだ「六四三の剣」という漫画がありました。
その中で、修羅の父・藤堂先生の計らいで、最後のインターハイを控えた高校3年生の修羅とインカレを制した韮山先生の息子が剣を交えた場所。それが、この柳生の「正木坂剣禅道場」なのです。
実際、色々な剣道研修会の会場として利用されている場所で、一度は訪れてみたかったのですが、訪れてみると、まぁ見事な道場でした。
今年も(中身はしんどいですが^_^;)楽しみです。
95年に剣道を再開した当初、試合に出ても全く勝てず、
剣道ってどうやって勝つんだったっけ?と悩みも深かった頃、
剣道がすごく苦痛に思えた時期がありました。
ちょうど同じ頃に、4段の昇段審査に続けて何度も失敗し、
試合にも勝てない、審査にも通らない、そんな自分の剣道に
嫌気が差した頃でした。