「虚実」について

今回のテーマは前回予告していた通り、「虚実」についてです。
「虚実」は、中国の兵法書である「孫氏」に出てくる言葉です。
剣道の攻防の理合いは、この「虚実」に影響を受ています。
「攻めて必ず取るものは、その守らざるところを攻むればなり」
攻めれば必ず勝つという者が必ず勝てるのは、
相手の守りの手薄なところを攻めるからである。
この解釈には色々なものがあり、色々な事例もありますが、
必勝戦略的に解説してみます。
必ず勝つには、まずどこを攻めるか熟慮してから攻めねばならない。
相手が完璧に守っている場合には攻めてはいけない。
情報を集めて相手の守りが手薄なところを突きとめ、
そこを攻めることで勝ちを手にすることを考えねばならない。
守りが手薄なところを「虚」と呼ぶ。
いざ攻めるに当たっては、戦力の差を認識しなければならない。
実力に大きな差があるのに、馬鹿正直に相手の弱点を真正面から
攻めるのでは勝ちはおぼつかない。
相手も必死であるのだから、こちらが弱みを突いてくるとわかれば
たちまち弱みの守りを固め、弱みは弱みでなくなってしまう。
ではどうするか。


ひとつのやり方としては下記が考えられます。
相手の守りが堅いところをまず攻めると見せて
相手の意識をそちらに止めさせる。(止心を起こさせる)
相手の守りの堅いところを「実」と呼びます。
実を攻めると相手はますます実を固める。
するとますます虚は虚となる。
その状態にしておいて、もともと守りの薄い「虚」を攻めると、
相手はなすすべがなくなる。
このような理合を剣道に活かしましょう。
一対一の戦いでは、このように考えると理解しやすいかもしれません。
「実」とは意識が向かっているところ、
例えば、小手を守っている相手の小手、表を守ろうとしている相手の表、
下を警戒している相手の下、打って出ることを意識している時と言った具合です。
「虚」は「実」の反対側で、意識が向かっていないところ、
例えば、小手を守っている相手の面、表を守ろうとしている相手の裏、
下を警戒している相手の上、打って出ることを意識できていない時と言った具合です。
実力差がある場合には、相手が上手なら、相手に「虚」を見せれば、
そのまま「虚」を打たれて負けてしまいます。
相手が下手なら、相手の「虚」を見破ればすかさず討ち取れます。
しかし、実力が伯仲すれば、そう単純には行きません。
佐藤成明範士によれば、虚実の活用には2種類あるそうです。
1.知って攻めること
2.誘って攻めること
相手の体や竹刀捌きには、必ず強いところと弱いところがあり、
その強弱の極に達すると必ず反対に移行していくことを繰り返す。
出れば必ず引き、剣先があがれば必ず下がり、右に動けば左に動く、
といった具合です。
この相手の強弱の動きを知って、その変わり目を打つのが
実を避けて虚を打つ上で、「知って攻める」ことになります。
相手の剣先が上に上がりきった時を得て相手の面を打てば、
相手の剣先は一度下がる方向に向いているため面に虚が生じます。
ここを捉えて勝つことができます。
誘って攻めることには更に二つの場合が考えられます。
1.虚を攻めて相手が実に変化するところを打つ場合
たとえば、小手を防いで(実)面をあけている(虚)ような場合に、
機を見て相手の面(虚)を攻めるとその面を防ごうとして手元は上がります。
そこに小手を打てば成功します。(剣道・攻めの定石 佐藤成明著)
2.相手の実を知って実に誘いを入れ、実になった時、その虚を打つ場合
たとえば、竹刀をやたらに押さえる人と対した場合、
機を見て押さえようとする方面に力を加えると、思わず押し返してきます。
そのとき、押さえすぎて反対側に生じた虚を打てば成功は間違いないでしょう。
(剣道・攻めの定石 佐藤成明著)
このように相手の「虚実」について研究することは、
独りよがりの剣道を卒業して、相手あっての剣道という世界に入っていく
その入り口として価値のあることだと思います。
宮本武蔵も五輪の所に書いている通り、剣道は兵法を取り入れながら
行うのがよいでしょう。
一対一の戦いでも、一対多の戦いでも、多対多の戦いでも
全てに共通する兵法の理合に通じることができれば、戦いの場ならずとも
日常生活の場においてもいざと言う時に役に立つ人間になれるのでは
無いかと思います。
戸締り用心火の用心、一日一善。
健やかな精神は健やかな肉体に宿ります。さぁ、稽古しましょう!
それでは、また土曜日にいつもの道場でお会いしましょう。

この記事を書いた人

剣道錬士六段 ザイツゴロウ